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ホール=エドワーズ  John Francis Hall-Edwards flag

経歴と業績

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ホール=エドワーズ (John Francis Hall-Edwards, 1858-1926) [5]

バーミンガムのQueen's Collegeで医学を学んだが,学生時代から写真に強い興味をもち,アマチュア写真家として高く評価されるとともに,血球の顕微鏡写真撮影でも成果をあげた.1896年1月1日にレントゲンのX線発明の論文が発表されると,早くも1月12日に同僚の指に針を貼り付け,おそらく世界初と思われる医用目的のX線写真撮影に成功して異物診断の可能性を示した[1].さらに2月13日には,実際に手に縫い針が刺さった女性患者のX線撮影を行ったが,その翌日無事手術に成功し,これは世界初の術前X線撮影となった[2].1899年には,バーミンガム総合病院のスタッフとなった.

1900年,第2次ボーア戦争では軍医として南アフリカに赴いて前線でX線撮影にあたった[3,4].帰国後はバーミンガム総合病院に放射線科を創設し,学会誌Archives of the Roentgen Ray の編集にも携るなど英国の放射線医学のパイオニアとして活躍したが,戦地からの帰国後まもなくより両手の皮膚障害が明らかとなり,次第に悪化して耐え難い疼痛に悩まされるようになった.1908年には皮膚癌と診断され,左前腕を切断,その後右手指も拇指を残して切断するに至ったが,障害に屈することなく放射線科医として,またバーミンガム市議会でも活躍した[5-7].写真への興味も晩年まで衰えることなく,花のX線写真なども残している.放射線殉職者顕彰碑 にその名前が刻まれている

出典