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コーマック  Allan Macleod Cormackflag-southafrica.jpgflag-usa

経歴と業績

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コーマック(Allan Macleod Cormack, 1924-)[3]

1924年,南アフリカに生まれた.ケープタウン大学で初めは電気工学を専攻したがその後物理学に転向,1944年に卒業,1949年イギリスのケンブリッジ大学で核物理学の研究に従事したが,経済的な理由から帰国してケープタウン大学で教職についた(このためコーマックは博士号を所持しておらず,共同受賞したハウンズフィールドとともに,博士号をもたないノーベル医学賞受賞者は他に例がない).当時南アフリカで唯ひとりの核物理学者として,関連病院の放射線物理学者の仕事を担当した.この時,人体のX線吸収係数の分布を全く無視して放射線治療計画が立てられていることに愕然としたことが,多方向からX線を人体に照射することにより体内のX線吸収分布を知る方法の研究の糸口となった.1956年,サバティカルで米ハーバード大学に留学,翌年タフツ大学教授となりその後アメリカに帰化した.この間,人体のX線吸収分布を求める研究は断続的に継続され,1963~4年にその成果を発表した論文により,1979年,英国のHousefieldとともにノーベル生理学医学賞を受賞した.

Cormackの理論は,入射X線に沿う線積分を解析する方法で,既に他の研究者がこの問題を解いていると考え,何人かの数学者に訊ねたもののわからず,結局自分で解法を求めることに成功したが,その後1917年にドイツのJohann Radon(ラドン,1887-1956)が著したラドン変換と基本的に同じであること,さらに1905年にHendrik A. Lorenz(ローレンツ,1853-1928)が解いていたことをRadonも知らなかったらしいことに気付いたという.

CTを開発したEMI社は当初,自らの特許を保護するために他社の類似特許に対して数多くのクレームを申請しており,Cormackはそのいくつかの鑑定証人をつとめたが,その際EMI社の資料を読む機会があり,Housefieldのノートに自分の名前があったものの,Hounsfieldのアルゴリズムは自分の理論とは異なる方法であることを知ったと述べている.HousefieldとCormackが初めて顔を合わせたのはノーベル賞受賞式の会場であった.Cormackはノーベル賞受賞後も,1995年にの引退までタフツ大学で教鞭をとった[1,2].

出典