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X線管球

ガス管球

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図1. Crookes管.陰極(C)から出る電子線(陰極線)がガラス壁に衝突して,ここから制動X線が放出される.A:陽極.

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図2. Herbert JacksonがCrookes管に改良を加えた焦点管球(focus tube).陰極(C)を凹面として焦点をしぼり,独立したターゲット(T,対陰極)を設けてこれを45度傾け,X線を効率的に取り出すように工夫されている.A:補助陽極[2]

初期のX線管球は,レントゲンが実験に使用したCrookes管やHittorf管と基本的に同じもので,これに多少の改良を加えたガス管球(gas tube)であった(図1).ガス管球は,低圧(10-6気圧程度)にしたガラス管に陰極,陽極を備え,両極間に高電圧をかけると電離した空気中のわずかな陽イオンが陰極に衝突して電子を放出し,これがターゲットに衝突して制動X線を放出する.ここでターゲットは,電子が衝突してX線を発生する構造を指すが,Crookes管やHittorf管ではガラス管球壁そのものがターゲットである. 従って,X線はガラス面から四方に拡散し焦点はない.今にして思えばこれでX線写真が撮影できたことが不思議なくらいである.

ガス管球に最初に加えられた改良は,専用のターゲット設けてここに「焦点」 を作ることであった.イギリスのHerbert Jacksonは,陰極を凹型にして陰極線を一点に集中させて焦点を作った状態でターゲットに衝突させると同時に,ターゲットを45度傾けてX線を管外に取り出すように工夫を加えた(この場合,ターゲットを対陰極 anticathode,もともとの陽極を補助陽極という).これは焦点管球(focus tube)と呼ばれ(図2),X線写真の画質は格段に向上し,その後のガス管球の基本構造となった[1].

一般にX線発生効率はターゲットの原子番号にほぼ比例することから,ターゲットは重金属が望ましく,かつエネルギーの大部分が熱となって著しく高温となるため高融点であることが求められる.当初は白金箔を銅塊に貼ったものが使われたが,その後金属の中では最も高い融点(約3,400℃)をもつタングステン(原子番号74)にかわって現在に至っている.

しかし,ガス管球は非常に不安定で,管内のガスが徐々にガラス壁に吸収されたり,あるいは逆にガラスからガスが放出されて内圧が変動し,これに応じて線質が変化する[→関連文献].この問題に対して,さまざまな仕組みの内圧調整装置を付加した多様なガス管球が工夫されたが,ガス圧の変動という本質的な問題は避けることができず,レントゲン技師や放射線科医は管球を加温したり通電したりしてこれを調整することに大変な労力を日々費やした.また管球には経時変化があり,またそれぞれに固有のクセがあるため,撮影室には管球保管棚を備えて新旧いくつもの管球を用意し,症例に応じて最適な管球を選択することが技師の腕の見せ所でもあった.

関連文献

《1909年におけるX線管球の歴史と最新状況》
X線管の起源,歴史,発展
The origin, history and development of the x-ray tube
Gardiner JH. J Rönt Soc (London). 5:66-80,1909
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図3.学会のコンペティションで当時ベストとされたMüller社(Hamburg)のX線管.

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図4.陰極線の衝撃によって陥凹した白金ターゲット面の顕微鏡写真.

【要旨・解説】X線発見から十余年を経た1909年の時点で,それまでのX線管球の発展,現状を振り返った論文である.Coolidge管が発明される4年前のことである.この時期,ロンドンのレントゲン協会ではそれまで開発されたX線管球を収集して展示するという企画があり,そのコレクション完成を記念しての記念講演で,当時のX線管球の実情を垣間見ることができる貴重な資料である.著者の J. H.Gardinerについては詳細不明であるが,Crookesの助手として初期のX線管球開発に貢献した技術者らしい.

冒頭には,Crookes管からの進歩として,Herbert Jacksonの考案になる「焦点管球」(focus tube)の登場により,「いかなる部位も驚くほど鮮明なX線写真」を撮影できるようになったと述べている.各社からさまざまなX線管が発売され,学会でコンペティションを催してベストX線管を選んだエピソードも紹介されている(図3).

続いて,ガス管球に固有の管球抵抗増加の問題が取上げられており,やはりこれが当時最大の関心事であったことがわかる.対陰極の焼損問題も同じく大きな問題で(図4),まだタングステンの利用が難しかった当時,高融点金属としてタンタルが有望視されている.X線管球をいかに長持ちさせるかは大きな関心事で,管球寿命短縮の二大原因は,この管球抵抗増加と対陰極の焼損であった.X線管の価格が10シリングから5ポンドと書かれているが,当時の一般労働者の年収が50ポンド程度であったことを考えると[7],かなり高価なものであったといえる.最後に,永久磁石をつかって陰極線を偏向させて焦点を動かし管球寿命の延長をはかる,この著者独自のアイデアが紹介されている点もおもしろい.

原文 和訳

Coolidge管

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図5. Coolidge管.C:陰極,T:ターゲット.見かけはガス管球に似ているが,内部が高度真空状態であること,陰極(C)を加熱して放出される熱電子をターゲット(T)に衝突させてX線を発生する点において全く異なる構造である [4]

ガス管球が抱えるさまざまな問題を一気に解決したのが熱陰極真空管,いわゆるCoolidge管である.GE社の研究員William Coolidge(クーリッジ,1873-1975)は,熱電子放出現象を利用することによりガス不要のX線管球を開発した(図5).

熱電子放出現象*は,高温の金属の表面から電子(=熱電子)が放出される現象で以前から知られていたが,当時これが発生するにはガスの存在が必要であると考えられていた.しかし1913年,同じGE社の研究員Langmuirは高度の真空状態でもこの現象が発生することを証明し[3],Coolidgeはこれを応用してガス不要の熱陰極管(hot cathode tube)を開発した[→原著論文].すなわち,管内を高度の真空状態(10-9気圧以下,ガス管球の千分の一程度)とし,陰極のタングステンフィラメントを加熱することにより発生する熱電子を電子源とするものであった.ガスイオン分子を電子源とする従来のガス管球にくらべてはるかに安定,高出力で,陰極フィラメントの電流(管電流),両極間の電圧(管電圧)をそれぞれ調整することでX線量,線質を独立に制御できる. この構造は現在にいたるまでX線管球の基本構造となっている.

*熱電子放出現象(thermonic emission):1880年にThomas Edisonは白熱電球のフィラメントが焼損する原因を究明する実験に際して,電球内に電極を挿入してこれを負に荷電しても何も起きないが,正に荷電するとフィラメントを陰極として電流が発生すること(Edison効果)を発見した.しかし当時はまだ電子の存在は知られておらず現象の記述にとどまっていた.1897年,J. J. Thomsonが電子を発見し,1904年,Flemingはこれを応用して世界初の真空管(二極管,ダイオード)を発明した.1910年,Owen Richardsonはこの現象を理論的に解明し,金属の自由電子が一定の条件下で放出されることを示した.

線状焦点と回転陽極

Coolidge管にはその後数々の改良が加えられたが,特に大出力,高画質が求められるようになり,焦点を小さくすると同時にターゲットの熱容量を大きくするという2つの要求を満たす必要があった.この問題の解決には,2つの重要な新技術が貢献した.そのひとつは,1918年に外科医Goetzeが発明した線状焦点(line focus)で,これはターゲット面の電子線に対する傾きを従来の45度ではなく10~20度という小角度とすることにより,広い面積で電子線を受けながら実効焦点を小さくする方法である[→原著論文].もうひとつは,1929年にPhilips社 のBouwersが開発した回転陽極で,ターゲットを回転させることにより電子線の当る位置を移動して,熱負荷の分散をはかる方法である[→原著論文].これらはいずれも,現在なお標準的な技術として使われている.

金属製管球

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図6. Metalix-Rotalix管.金属製管球 Metalix に回転陽極を備えたもの(Philips社). 従来のガラス管球に比較してはるかにコンパクトで耐衝撃性にすぐれ,漏洩X線も遮蔽される.その後のX線管球の基本型となった.[6]

この他の重要な改良として,管球からのX線漏洩遮蔽がある.従来のガラス製X線管球は,ターゲット以外の部分からも大量の漏洩線が放出され,放射線技師,患者の被曝の原因となった.ガラス管球全体を鉛を張った木箱に入れたり,あるいはまるい膨らみの部分をベル型鉛ガラス(Glocke)にはめるなどの方法で工夫されたが,かさばって使いにくく,遮蔽も不完全であった.1925年,Philips社のBouwersは,クロム鉄合金製の円筒状の筐体に陰極,陽極を収め,X線を取り出す部分のみ小さなガラス窓とする金属製管球を開発した[5].円筒は鉛の薄層で内張りされており,ガラス窓以外からのX線漏洩がなくなった.この管球はMetalixの名前で発売され,従来のガラス管球にくらべてコンパクトで耐衝撃性にも優れ,扱いが容易であることから急速に普及した.1929年には前述の回転陽極がこれに組込まれてMetalix-Rotalix管(図6)として発売され,現在使われているX線管球の基本型がほぼ完成した.


原著論文

《1913-Coolidge管の発明》
純粋な電子放出による強力なX線管球
A powerful Röntgen ray tube with a pure electron discharge
Coolidge WD. Phys Rev 2:409-30,1913

原文 和訳


Coolidge管の診断および治療応用に関する予備報告
A preliminary report on the diagnostic and therapeutic application of the Coolidge tube
Cole LG. Am J Roentgenol 1:125-31,1914

原文 和訳

tube-coolidgestructure

図7.Coolidge管の構造

【要旨・解説】
最初の論文は,発明者であるGE社の研究員Coolidge自身による技術的報告である.Coolidge管は,従来のガス管球にかわる全く新しいタイプのX線管球,すなわち熱陰極管である.冒頭でまず従来のガス管球の問題点を羅列し,これがいずれも管内の低圧ガスの存在に起因することを指摘して,ガスがほとんどない高度真空状態のX線管を開発すれば問題を全て解決して安定なX線管を実現できることを提示している.ついで具体的な方法を述べ,同じGE社の研究員Langmuirが,それまでは不可能と考えられていた高度真空状態での熱電子放出現象を証明したことを受け,これを利用したガスを必要としないX線管球を開発したことを述べ,その構造や特性を詳述している(図7).従来のガス管球と異なる特徴は,陰極ともにタングステン製で,管球内を高度真空状態とし,陰極を加熱して熱電子放出現象によって発生する電子を利用することである.大きな利点として,長時間にわたって安定であること,フィラメント電流と管電圧を変化させることにより線量と線質を独立に制御できることを挙げている.

2本目の論文は,消化管撮影で知られる放射線科医Gregory Coleが,いち早くCoolidge管を使用した経験を報告したものであるが,その高性能を手放しで絶賛しているところが印象的である.確かに,記載されているようにそれまでのガス管球は単に低出力であるだけでなく,著しく不安定で,管球それぞれに線質が異なるだけでなく,わずか数分の間にも大きく変化することからその扱いは,ベテランの職人技を以てしても困難を極め,またすぐに破損した.これに対して,Coolidge管は高出力かつ長時間にわたって安定,長寿命で,線量,線質を自由に設定できる,放射線科医にとってはまさに夢のような管球であり,Coleの興奮も理解できる.紹介されている推奨撮影条件は,現在から見るとまだまだ非力であるが,それでも当時としては画期的な進歩であり,この後Coolidge管は急速に普及した.


《1918-線状焦点の発明》
鮮明なX線画像を得るための方法と熱陰極X線管
Verfahren und Glühkathodenröntgenrhre zur Erzeugung scharfer Röntgenbilder
Goetze O. Patentschrift Nr. 370022 (Feb. 2, 1918)
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図8.線状焦点.対陰極を大きく傾けることにより,広い面積で電子線を受け止めながら,実効焦点は小さくすることができる.

【要旨・解説】
いわゆる線状焦点(line focus)と呼ばれる技術の特許申請書である.申請者のOtto Goetzeは外科医で,X線写真を外科診断に応用する上で鮮明な画像の必要性に迫られてこれを発明した.この技術に関する学術論文はなく,この特許申請書が原典となる.

鮮明な画像を得るには小焦点が必要だが,焦点を小さくすると狭い範囲に電子線が集中して対陰極が焼損する.この問題を解決するために,(1)対陰極を従来の45度ではなくさらに大きく傾けることにより,広い面積で電子線を受け,かつ被写体側からみると狭い範囲にX線を放射できる,すなわち実効焦点を小さくできる,(2)これに加えてさらに実効焦点を小さくするために,フィラメントを従来のらせん型の形状から直線状とし,電子線放出部分に長方形の絞りを加えることにより電子線束長方形として,対陰極面上の焦点の形を細長い帯状とする,という2つのアイデアが提案されている(図8).

原文 和訳


《1929-回転陽極の発明》
回転陽極を備えた金属X線管球
Eine Metallröntgenröhre mit drehbarer Anode
Bouwers A. Verhand Dtsch Rönt Ges. 20:102-7,1929
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図9.回転陽極を備えたX線管球Rotalix.斜線の部分が回転陽極.

【要旨・解説】
放射線医学における鮮明な高画質,短時間撮影への要求に応えて小焦点の管球を設計するにあたっては,陽極の耐容量が制約条件となる.電子線が衝突すると,陽極の温度が上昇し,耐容量を超えると蒸散,溶融する.その解決策として,陽極を回転させて単位面積,単位時間当りの負荷を軽減する方法がある.これは1897年以来提唱されていたが,初めて本格的,実用的な管球を製作し,その原理を理論的に検討すると同時に,実際の管球構造を述べた論文である.

前半の理論的考察では,静止陽極に対してp倍の耐容量を得るには,最低でもp2倍の移動速度が必要で,交流ではさらにこの2倍以上の回転が必要であることを明らかにしている.実際に試作された管球は,約6倍の耐容量が得られたとされている.著者のBouwersはオランダのPhilips社の技術者であるが,この管球は ”Rotalix” という商品名で発売されて好評を博し(図9),その後各社も追随した.

回転陽極は様々な改良を経て現在に至っており,通常のX線撮影装置はほとんどが回転陽極を採用している.

原文 和訳

出典