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ダンディー  Walter Dandy

経歴と業績

ダンディー(Walter Dandy, 1886-1946)[6]

1946年,米国Montana州Sedaliaに鉄道技師の息子として生まれた.Missouri大学では生物学に興味をもち,1910年,Johns Hopkins大学医学部を卒業し,同大学病院でWilliam Halstedの下で外科学のトレーニングを開始した.研究面では脳神経外科の父と言われるHarvery Cushingの下で下垂体腺腫の研究を行なったが互いに個性が強く,ことあるごとに衝突し,この確執は生涯にわたって続くことになった[1].1913年にCushingがHarvard大学に移籍する際,そのスタッフはほとんどがCushingともに異動したが,Dandyは意に反して残留することとなり,あらためてHalstedの庇護の下に脳脊髄液循環の実験的研究を行なった.1914年に発表されたこの研究は[2],脳脊髄液循環動態を明らかにして閉塞性水頭症,交通性水頭症の概念を確立した画期的かつ完成度の高いもので,Halstedは「Dandyはこれ以上の素晴らしい仕事はもうできないだろう」と評したが,その後の活躍はこの予想を大きく覆すものであった.

1916年,チーフレジデントのDandyは放射線診断学の研究をはじめ,1918年に脳室内に空気を注入する脳室造影法,その翌年に気脳撮影法を発明した.当初,その有効性,安全性について多くの批判があったが,Dandyは症例を重ねてその有用性を示し,CTが登場するまで重要な神経放射線診断法のひとつとなった.これは多方面にわたるDandyの業績の中でも特に傑出したもので,実現はしなかったもののノーベル賞候補の声もあがったほどである.このほか脳神経外科医として,Dandy-Walker症侯群の記載,動脈瘤クリッピング術,前庭神経鞘腫切除術,Meniere病や三叉神経痛の外科治療,椎間板ヘルニアの手術など多くの分野で世界初の業績を残した[3-5].

出典