- 電源装置
- 誘導コイル
- 断続器
- Snook 装置 (Interrupterless transformer)
- 原著論文
- 1908 断続器不要の画期的電源装置-Snook装置
- 関連文献
- 1913年におけるX線撮影技術の最新状況
- 関連事項
- ケノトロン管
電源装置
誘導コイル

図1. 静電発電機.中央下にあるハンドルでガラス円板を回し,摩擦により静電気を発生させる[1]

図2. 誘導コイル.鉄芯に二重のコイルを巻いたもの.上部に突出する2本の電極が2次側端子,兼スパークギャップ(この装置では50cm間隔)[3].

図3. 電解式断続器.稀硫酸を満たした容器の白金電極(ここでは3本)に通電し,電気分解によって発生する水素の気泡の絶縁効果を利用する.[3]
X線管球の両極には安定な高電圧直流を供給する必要がある.初期には,静電発電機(図1)が使用された.これは,ガラス,ゴム,雲母などの大きな円板を手動ないし電動で回転して摩擦により発生する高圧の静電気を利用するものであったが,小電流しか得られず,また室内の湿度に依存して不安定であった.
最も広く用いられたのは,レントゲンも利用したRuhmkorffコイルに代表される誘導コイル(induction coil)(図2,4)を使用する方法であった.これは鉄芯を軸として内側に1次コイル,その外側に2次コイルを巻き,1次側に低圧大電流を流すと,2次側に高圧小電流が誘導されるもので,200kV,20mA程度を供給できた.
断続器
しかし当時の電源は電池*が基本で,一部の地域で配電されていた商用電力も直流が主流であった**ので,誘導コイルを作動させるためには電流を高速にオン/オフする断続器(interrupter)が必要であった.レントゲンが使用したDeprez断続器のような機械的断続器は,通電すると電磁石の働きで接点が離れてOFFとなり,バネの力で接点が戻るとONになることを繰り返すものであったが,故障が多く騒音も激しかった.その後登場した水銀槽内でモーターの羽根を回して断続する水銀式断続器は,すぐに酸化する水銀を頻繁に交換する必要があった.1905年,Wehneltが発明した電解式断続器(図3,4)は,稀硫酸溶液中に白金電極を入れ,通電すると電解によって発生する水素の気泡によって電流がとまり,電流が止まると気泡が消えて再び通電することを繰り返すもので,動作が安定しており広く使われたが,電解液からは刺激性のフュームが発生した.

図4. 初期のX線撮影システム(壁掛け式).A:誘導コイル,B:操作盤,C:電解式断続器,D:X線管球[2]
* 電池:世界初の電池は1800年にイタリアのAlessandro Volta(ボルタ,1745-1827)が作った亜鉛と銅を塩水に浸した,いわゆるボルタ電池である.Voltaは,Galvaniが唱える動物電気(カエルの筋肉に金属を接触すると筋肉が収縮するのは動物の体内で電気が発生するからであるとする)への反論を研究する過程で,電極電位の理論を発見し,これをもとに世界初の化学電池を発明した.その後,Bunsen, Fuller, Edison-Lalanndeなど各種の一次電池が市販されるようになった.これらの電池は液体の塩水を必要とする湿電池であったが,1868年にフランスのGeorges Leclanché(ルクランシェ, 1839-82)が亜鉛と二酸化マンガンを使い,塩水をゲル化して,現在のマンガン乾電池の原型を作った.充電できる蓄電池(二次電池)を初めて作ったのは,1859年,フランスのGaston Planté (プランテ, 1834-89)で,これは鉛板を硫酸に浸したものであった.従って,レントゲンがX線を発見した1895年前後は,このような一次電池,二次電池が使用でき,これに誘導コイルを接続して使用するのが最も基本的な使い方であった.
**商用電力:1882年にアメリカのニューヨーク,ドイツのベルリンで,いずれもエジソン電灯会社(後のGeneral Electric社)が商用電力の供給を開始したがこれは直流であった.一方,George Westinghouse (ウェスティングハウス, 1846-1914)はより効率的な交流送電を推奨し,1891年にコロラド州テリュライド(Telluride)初の交流送電を行った.その後,両者の間には「電流戦争」(war of currents)と呼ばれる激しい対立が繰り広げられた.エジソンの部下であったNikola Tesla (テスラ, 1856-1943)もこの対立を機にエジソンの元を離れてウェスティングハウス社に移籍した.初期は先行する直流送電が優勢であったが,ウェスティングハウス社が運営するナイアガラ発電所(Niagara Falls Power Company)の成功を機に1895年以降は交流送電の優越性が周知されて徐々に拡大し,1920年代には商用直流送電は姿を消した.レントゲンがX線を発見した1895年当時,商用電力は一部の大都市など限られた場所でしか利用できなかったが,その多くはまだ直流であった.
Snook 装置 (Interrupterless transformer)

図5. Snook装置.手前が同期モーター,奥は変圧器や整流器を納めたユニット[8].
X線撮影が開始されて10年,当時の主流であったさまざまな誘導コイルと断続器による高電圧供給方法はいずれも不安定で,逆起電力が発生する,出力が小さいなどの問題があり,メンテナンスにも手間がかかるものであった.X線診療が急速に普及し,また高速,高画質の撮影に対する需要が高まる中,安定した使いやすい装置が求められていた.
アメリカの技術者Homer Clyde Snook(スヌーク,1878-1942)は,断続器を使用せずに交流変圧器を使用してこれを機械的に整流するとともに,コイルなどにも数々の新しい工夫をこらして新しいX線システムを開発した(→原著論文).1907年に完成した,Snook自身は "Interrupterless tranformer"(断続器不要の変圧器)と呼び, Snook装置(Snook apparatus)(図5)と通称されたこのシステムは,これらの問題をすべて解決し,多くの病院で採用され広く普及した.さらにこの数年後,Coolidge管が開発されるにいたって医用X線技術は格段に進歩した.
Snook装置は,取り扱いが難しい断続器を不要とした点では画期的な装置であったが,機械的整流器を使用しているためにやはり故障しやすく,騒音も大きいという弱点があった.この点を解決する真空管による電子的整流装置が普及したのは1930年以降であった(→関連事項).
原著論文

Snook装置の構造.転流器あるいは交流発電機Aの交流出力を変圧器Bの1次側に加え,2次側出力をAの回転軸に連結した機械式整流器Cを介してX線管球Dに,逆流のない安定した電圧を供給する[2].
【要旨と解説】
X線管球に安定な高電圧を供給する新しいシステム,いわゆるSnook装置の発明を記載したものである.前半には従来システムの問題点が略述されている.直流電源を断続器でON/OFFする場合,2次側にはOFF時に大きな電流が得られるが,ON時に小さな逆起電力が発生する.X線管に逆起電力がかかると,陽極から陰極に逆電流(inverse current)が流れてX線発生効率が低下するのみならず,陰極の劣化,管球寿命の短縮につながるため,これを極力阻止する必要がある.1897年にGE社のHermann Lempが発明した整流器(alternating current selector, rotating rectifier switch)[4]は,交流電流の周期に同期してモーターが1回転し,同じ回転軸に取付けた機械的な接点によって,逆電流の発生する期間は2次側を遮断するものであったが,当時の商用交流は不安定であったため理論通りに動作しなかった.
後半の冒頭では,断続器を廃して交流発電機と機械式整流器を連結して使用していることが本システムの要であるとが述べられている.Snookは,不安定な商用交流を使用せず,直流モーターを使って転流器(rotary converter) を回すことによって交流を作り,変圧器(transformer)の2次側出力をこのモーターの軸にとりつけた機械的な回転式整流器(rotary rectifier)で整流する方法を発明した.直流が使えない場合は,商用交流でモーターを回し,これで交流発電機(dynamo)を回して安定な交流を得た.これによっていずれの場合も,変圧器の出力と整流器は完全に同期して逆電流の発生を完全に防ぐことができ,ほぼピーク電圧に近い全波整流波形の出力が得られた.この他にも,通常の誘導コイルにかえて磁場漏洩が少なく効率の良い閉磁路式コイルを採用し,任意の電圧を供給できるレオスタットを備えるなど様々な改良を加え,120kV, 100mAの高出力が可能で,消耗部品がほとんどなくメンテナンスなしでも長時間安定なX線発生装置が完成した.
Snookは技術者,企業家で,当時はRoentgen Manufacturing Companyの経営者でもあった.このため本稿は論文というよりシステムの概略の紹介であり,説明図もないので一読しただけでは分かりにくい.技術的詳細については,1910年の特許申請書[5]に記載されている.
関連文献
【要旨・解説】Philips社の技術者で,Interrupterless transformer(Snook装置)の発明者のSnookが,フランクリン協会*の例会で,1913年当時のX線撮影技術の状況をレビューした講演録である.Snook装置から始まって,動画撮影,X線防護,ポータブル撮影,現像設備,乾板,透過計,立体撮影,増感紙,X線管などの話題が簡潔にまとめられている.
X線防護が重要であると説く一方で,論文の最後にはSnookの考案になる,むき出しのラジウム鉱石を使用したX線調整器を推奨しているところは興味深い.第一次世界大戦を目前とした時代で,陸軍仕様のポータブル撮影装置について触れられているが,それでも重量は8,000ポンド(約5トン)で,「ロバ2頭が牽く」ワゴンに載せられるという記述は時代を感じさせる.
*フラクリン協会(Franklin Institute):1824に米国フィラデルフィアで創設された科学,技術の振興を目的とする団体で,19世紀後半から20世紀初頭におけるアメリカの科学技術の発展に大きく貢献した.現在は主に科学博物館として教育,啓蒙活動に力を注いでいるが,協会が毎年優れた業績をあげた個人に授与するBenjamin Franklin Medalは栄誉ある賞とされている.
関連事項
ケノトロン管

Kenotron管.(上)Kenotron管にはいろいろなタイプがあるがその一例.中央の板状の構造がフィラメント.(下左)半波整流,(下右)全波整流の実験結果.いずれも上段が入力波形,下段が出力波形[7].きれいな整流波形が得られている.
整流器は,1897年にHermann Lempが発明したrotating rectifying switch[4]以来,さまざまなものが開発された.Snook装置で使われたものもこの延長上にあるもので機械式という点では変わるところが無く,故障しやすく騒音も大きかった.Snook装置,Coolidge管の登場後もこの機械式整流器がX線システムにおける最大の弱点であった.
電子的な整流装置の先駆けとしては,1904年にイギリスの物理学者John Flemingの発明になる二極真空管,通称Fleming管があり,X線装置への利用も試みられた.しかし,ガスX線管球と同じく低圧ガスが封入されていたためその動作は不安定でX線装置には利用できなかった. この問題を解決して電子整流器への道を拓いたのが,1914年,GE社のSaul Dushmannが開発したKenotron管(ケノトロン管)である[6].
Kenotron管は一言でいえば,Fleming管を高真空度とした熱電子真空管である.本来は無線通信機用で,一定電圧で長時間使用することを前提に設計されていたが,1926年にこれを任意の電圧で短時間使用するX線装置向けに改良したものが開発され,以後X線装置の整流器として使われるようになった. さらに1928年には,Siemens社が初の三相交流装置を発表,1933年にはアメリカのPicker社も追随した.その後,これに6個ないし12個のKenotron管を組み合わせて全波整流波形を出力する方法が一般的となり,X線発生装置はほぼ完成を見るに至った.1950年代に半導体が開発されるまで長年にわたって活躍したが,その後は他の電子素子と同じく半導体ダイオードに置き換えられていった.
出典
- 1. Pusey WA, Caldwell EW. The practical application of roentgen rays in therapeutics and diagnosis. (Philadelphia, WB Saunders, 1904)
- 2. Feldman A. A sketch of the technical history of radiology from 1896 to 1920. Radiographics 9:1113-28,1989
- 3. 藤浪剛一編.れんとげん學[改訂第4版] (南山堂,1925)
- 4. Lemp H. Alternating current selector. United States Patent No.774090,1906
- 5. United States Patent No. 954,056. Application filed July 20, 1907. Patented, April 5, 1910
- 6 Am Quarterly Roentgenol. 2:386,1909 (掲載広告)
- 7. Dushman S. A new device for rectifying high tension alternating currents. The Kenotoron. General Electric Review. 28:156-167,1915
- 8. Bruwer AJ. ed. Classic descriptions in diagnostic roentgenology. (Charles C. Thomas, 1964)